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工場のやりくりに四苦八苦

東京の東の端っこで、精密部品の切削や旋盤可能の工場をやってる者です。
25の時に自分で工場を始めて、今年でもう30年になります。
工場を始めた当時は日本もバブル真っ盛りでしたから、仕事はたくさんありましたし、
単価もある程度とれましたから、比較的楽に軌道に乗せることができたかと思います。

でも、バブルが弾けてからの90年頃からは、毎月の資金繰りに四苦八苦しました。
それでも8人の従業員と力をあわせてなんとかやってこれたんですが、
今年17になる息子が生まれた年だったから98年ごろかな?
仕事をもらっていた大手さんの方でも、かなり厳しかったみたいで、
仕事がほとんどなくなった時期がありました。
今思えば、自動車業者やらなんやらが、海外生産を中心に動き出したころだったですか。

翌月の給料が支払えないほどになっちまって、もちろん自分の給料なんてありゃしません。
つまり生活費にも困ったってことです。
資金繰りもだけど、生活費もどうにかしなくちゃで、カミさんにもパートに出てもらって、
私は銀行やらなんやら駆けずり回りました。
銀行はやっぱり貸してくれませんで、しかたなく消費者金融のお世話になりました。
なんだかんだ3社から200万円ぐらい借りましたか。
それも焼け石に水で、空気を察したのか従業員の半数は辞めていきました。
それでも、こっちの状況を心配してくれてのことで、
なんにもいえないで見送るしかなかったのは今でもつらい思い出です。

工場は規模を縮小して、それまで取引のあった業者のひとつが、
ある仕事を融通してくれてね、その仕事のおかげで小規模ではありますが、
なんとか危機を乗り越えました。

それからは、大手の仕事だけじゃなく、個人の注文なんかも受けれるようにと、
そういうことに詳しい若い従業員がホームページを作ってくれたりして、
そこから入る個人の注文も手間はかかるけど、ちょっとは足しになりました。
5年ぐらいかけて完済しましたよ。

あれからは消費者金融にはお世話になっちゃいませんが、
3年ぐらい前だったか?過払い金ってやつがあるらしいってことで、
知り合いの弁護士に相談してみたら、50万ぐらいお金が返ってきました。

こんなご時勢で金属加工の工場を経営してゆくには先が見えません。
息子に継がせる気もないし、もうしばらくしたら廃業にしようかと思っとります。
年金もそこそこ払ってはいましたが、戻ってくる金額もたかが知れてるので、
しばらくは老後のための貯金でもしながら、もうちょっと続けてみようかと思ってます。

後藤さん / 男性 / 55才 / 自営業(工場経営) / 350万円 / 既婚